狭山事件となりのトトロ真実  (2)

2020年8月14日(金)放送、日本テレビ系金曜ロードSHOW!「となりのトトロ」
21時00分~22時54分



3週連続ジブリの第1弾「となりのトトロ」が今夜放送。






巨匠・黒澤明が選んだ映画100本の中に、唯一含まれているアニメ映画「となりのトトロ」の魅力については、もう記述するまでもないが、誰もが幼い頃から、何度も観返した映画の一本。宮崎アニメ作品の傑作の中でも、低年齢の子も、家族団らんで安心して鑑賞できる作りとなっているので、それも本作が幅広い世代から愛され続けている。





宮崎監督が「となりのトトロ」のテーマは表題に書いた劇中のセリフ「夢だけど、夢じゃない」に、すべて集約されている。






子供時代にありえない経験をして、大人になって「あれは夢を見ていたのかな?」と思い返すのだが、その時はたしかに本当にあった事として認識していた。そんな経験はみんな幼少期に経験していること。管理人自身、本作を観るたびに、ふだん眠っている心の奥底をくすぐられるような気持になれる。







今回は、「昔となりのトトロのエンディングで狭山事件の被害者の遺体の写真が流されていた」という都市伝説が5chで話題になっているので、概要についてまとめてみた。






■目次

となりのトトロとは
トトロの都市伝説
トトロと狭山事件の真実
狭山事件の真犯人は父?
トトロに都市伝説が生まれた理由

となりのトトロとは

狭山事件となりのトトロ真実  (1)


『となりのトトロ』は、スタジオジブリ制作の長編アニメーション映画で宮崎駿監督作品。
昭和30年代前半の埼玉県所沢市を舞台にしたファンタジー。田舎へ引っ越してきた草壁一家のサツキ・メイ姉妹と、子どもの時にしか会えないと言われる不思議な生き物・トトロとの交流を描く。




小学生のサツキと妹のメイは、母の療養のために父と一緒に初夏の頃の農村へ引っ越してくる。引越し先の空き家には小さな黒いオバケが沢山住んでいた。最初はビックリした二人だったが、隣のおばあちゃんからそれは子供にしか見えず、害もなく、人が住み始めるといつのまにか居なくなるという話を聞いてサツキは拍子抜けし、メイは「つまんない」とぼやく。 サツキの通う学校が田植え休みの日、入院している母の見舞いに行った二人はオバケ屋敷のことを報告する。




母がオバケ嫌いであることを心配したが、少しも怖がらずに「自分もオバケに会いたい」と言ってくれる母を見て、心強さを感じた二人は母が早く退院して一緒に暮らせることを願う。



そんなある日。1人で遊んでいたメイは庭で不思議な生き物を見つける。その生き物を追いかけて森に入ると、そこにはずっと大きな生き物が寝転んでいる。その生き物にメイが名を尋ねると、"トトロ"と答えたようにメイには聞こえた。



その後、林の奥で眠っていた所を発見されたメイは、サツキと父にもトトロを見せようとするが、トトロが寝ていた場所が見つからず、やがて二人が笑いだしたため自分が言った事を信じていないのだと思い、本当にトトロを見たのだと怒って言い張る。




しかし、そんなメイに父は「トトロはきっとこの森の主で、いつでも会えるわけではないのだ」と優しく諭し、三人でくすの木のある塚森へ向かい「これからもよろしくお願いします」と改めて引っ越しの挨拶をする。その晩、サツキは母あての手紙にこの時の出来事を書き記し、自分もトトロに会ってみたいと添える。




梅雨の季節となったある夜、サツキとメイが森にあるバス停で雨の中父の帰りを待っていると、そこへ頭に葉っぱを乗せたトトロがやって来る。ずぶ濡れのトトロを見かねてサツキがお父さんの黒い傘を貸してやると、トトロはお礼に木の実が入った笹の葉の包みを渡し、バスの姿をしたネコ(ネコバス)に乗って行ってしまう。


数日後、二人は木の実を庭にまいたが、なかなか芽が出ずメイは数十日間毎日「まだでないまだでない」と言っている。さらに数日たったある夜、二人は就寝中にある物音に目を覚まし、庭を歩き回るトトロ達の姿を見つけて駆け寄る。


やがて木の実はトトロの不思議な力で巨木へと育ち、二人はトトロと共にコマに乗って空を飛び、一緒に木の上でオカリナを吹いて遊ぶ。翌朝、目が覚めると巨木は消えていたが、かわりに小さな芽が生えていた。それを見た二人は、夢だけど夢ではなかったと大喜びする。 数ヵ月後。夏休みとなったある日、二人が隣のおばあちゃんと畑のトウモロコシを収穫していると、おばあちゃんの孫のカンタが預かってきた病院からの電報を持ってやって来る。サツキは慌てて電話を借りるとこの事を父に伝え、母が体調を崩してしまい一時退院が延びる事を知る。



しかし、いくら仕方ないと言い聞かせても駄々をこねてばかりいるメイに堪忍袋の緒を切らし、大ゲンカしてしまう。幼いながらも家を支えてきたしっかり者のサツキも、内心は母を失うかもしれない不安と恐怖でいっぱいだった。家に戻った直後、堪えきれずおばあちゃんの前で大泣きしてしまった。その様子を見ていたメイが母の所に向い、姿を消している事が判明し、村中で探し回るが一向に見つからない。途方にくれたサツキは藁にもすがる思いでトトロに助けを求めに森へ行く。



寝ぼけ眼のトトロは「どうしたらいいかわからないの…」と泣き崩れたサツキを見て事態を察し、くすの木のてっぺんに登るとネコバスを呼んでくれた。サツキを乗せたネコバスは風のように走り、道に迷って泣いていたメイを見つける。メイが持っているトウモロコシを見たサツキはメイが母にトウモロコシを届けようとしたことを知った。 それを見たネコバスは二人を病院に連れて行く。そこには元気そうに父と話す母の姿があり、それを見た二人は安心する。


母が二人の気配に気づき窓辺を見上げると、そこには『おかあさんへ』と彫られたメイが持ってきたトウモロコシが置かれていた。その後、二人は再びネコバスに乗って家まで送ってもらい、そこでカンタとおばあちゃんと合流すると、四人仲良く家路を歩く。そしてトトロ達は今夜もくすの木の上でオカリナを吹いていた。





参照wiki


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トトロの都市伝説






となりのトトロには、宮崎監督が狭山事件をモデルにしたとか、サツキとメイは既に死んでいるとか、トトロは実は死神など、都市伝説が多くある。




「トトロは実は死神」
この都市伝説は、「トトロは森の主で、子供にしか見えない」という設定から生まれた噂。あくまでも悪い妖精は北欧のトロールの話。しかし、トロールは気に入った人にはとてもいいことをしてくれるので、トトロと類似する。



「さつきとメイは既に死んでいる」
ネットで色々と検証されているが、サツキとメイの影についてはジブリの広報部がちゃんと手間や必要性について公言している。(あまりに問い合わせが多かった為)メイのサンダルは、メイ発見後両足はいている。

エンディングでお母さんが「今、あの木のところで、さつきとメイが笑ったような気がした。」というセリフ。これが生きている人間に対して使う言葉ではないという理由から、この都市伝説が生まれた。そもそも近くにいるなら面会しないのは不自然ではあるが、お母さんはエンディングにもあるように退院し、一緒に生活しているのであくまでも都市伝説。




「2人のお母さんは不治の病」
さつきとメイのお母さんは結核だが(wiki参照)、当時の時代設定は昭和33年。(病室のカレンダーの8月1日(金)昭和33年がそれに当たる)昭和30年から結核は環境と薬の開発により患者、死亡率共に減少している。



本当かもしれない、嘘かもしれない、どちらとも断定できない。という状態こそが都市伝説が都市伝説である所以。100%真実、100%嘘、と断定できてしまうような物は都市伝説にならない。





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トトロと狭山事件の真実




狭山事件となりのトトロ真実  (1)


トトロの都市伝説で最も有名なのが狭山事件。
狭山事件とは、1963年5月1日に埼玉県狭山市で発生した、高校1年生の少女を被害者とする強盗強姦殺人事件。逮捕された石川一雄という男は非常に冤罪説が強く、被害者の周りで関係者の相次ぐ自〇や変死が起こり、より事件を複雑化し、人の興味を惹き付けた。



宮崎監督はとなりのトトロの舞台のイメージとして、狭山丘陵をその1つにしたと言われている。狭山丘陵は、埼玉県所沢市・入間市と、東京都東村山市・東大和市・武蔵村山市・西多摩郡瑞穂町の5市1町に分かれる前の場所。なので、宮崎監督の地元で狭山事件が起きている。




「狭山事件」と「となりのトトロ」には奇妙な共通点があるので、つまり宮崎駿監督がこの事件について精通している可能性は高く、これを皮肉って「となりのトトロに盛り込んだのでは?」という見方がされた。




この都市伝説は有名で、ジブリに取材したメディアがいくつもあったそうだが、ジブリは公式に否定。ジブリ側が否定というよりも、世間で騒がれている共通点は実際の所は、どちらも「埼玉」という部分だけしかない。



作中に登場する七国山病院のモデルになった所沢市付近に八国山病院がまず存在しておらず、モデルになったと言われている病院も結核診療科で精神科ではない。



狭山事件では「23歳の姉が行方不明になった16歳の妹を探し回った」と言われているが、実際にはそういった記録も事実もなく、姉が錯乱し「猫の化物にあった」「大きな狸に会った」と意味不明な言動をしたという記録などもない。





ジブリの公式ブログにその事が書かれている。

>みなさん、ご心配なく。
>トトロが死神だとか、メイちゃんは死んでるという事実や設定は、
>「となりのトトロ」には全くありませんよ。

>最近はやりの都市伝説のひとつです。
(中略)
>みなさん、噂を信じないで欲しいです。
>...とこの場を借りて、広報部より正式に申し上げたいと思います。

http://www.ghibli.jp/15diary/003717.html



となりのトトロは、そもそも姉妹が主人公という設定は制作が進んでから出来た設定なので、当初のヒロインはサツキ1人の予定だった。狭山事件を意識しているなら最初から姉妹として制作していたはず。



そして有名な「この映画はサツキとメイの魂の解放なんですよ」という発言を宮崎監督がしたというのも、全くそういった記録がない。実際発言した言葉は「今の子供たちへ本当の豊かさを伝えたい」。



5chでは、「昔となりのトトロのエンディングで狭山事件の被害者の遺体の写真が流されていた」というスレから、画像が出回っているが、ただのグロ画像。狭山事件は、当時から週刊誌が大きく報道したので、警察が開示した写真が出てくる。実際、ネットで狭山事件とググると被害者の遺体写真が出てくる。




しかし当時は、そんなに珍しい事ではなかった。
ちなみに名張毒ブドウ酒事件も、被害者の写真は公開されているし、日航機事故の時も、遺体が掲載される事はめずらしくなかった。当時の様な報道が当たり前だっただけで、今が不自然なのではない。


このように、舞台設定や登場人物の行動は、トトロと狭山事件と若干似ているので、それで「トトロは狭山事件を元に作った」という都市伝説が生まれてしまったのが真実。



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狭山事件の真犯人は父?


狭山事件となりのトトロ真実  (4)



冤罪事件としても有名になった狭山事件ではあるが、真犯人は誰なのか?現在まで解決されていない。




これは5ch情報だが、狭山事件の真犯人は父親説が出回っている。

真犯人は逮捕された石川さんでないことは明白だが、ネットでは中田家は7人兄弟であったため、財産を独占相続しようとした長男が、犯行に及んだという推論が出回っている。実際、長男は財産を独占したとのこと。しかしながら、長男が犯人という確たる証拠はない。



そもそも長男は、当時の狭山のような農村地域において、長男は自動的に家長となるため、心配しなくても財産は手に入り、兄弟の殺人などといったことをする必要性がない。


では、真犯人は誰なのか?
元・朝日新聞記者の殿岡氏が、平成2年に真犯人とされている人物に質問状を送ったが「答えられない」というコメントがあったそうだ。


ということは1990年まで真犯人は生きていたということ。

そしてメディアはこの人については一切、取材できていない人物となる。でも、仮出所された石川さんが冤罪であることは日を見るより明らかで、これを否定するほうが難しい。



5chでは、この殿岡が質問を送った真犯人が誰なのか予想された。

犯人は、そもそもお金目的の誘拐なら、自ら警察に通報するわけがない。そもそも、被害者は強〇とは、証明されていない。(当時のずさんな捜査ならあり得る)


狭山事件を推理する狭山事件の真相推理と各説の検証によると、事件概要、法医学的考察、基礎事実の検討、現地調査写真を見ても外部の人間ではなく、狭山事件の真犯人像とその犯行について、身内にしかできない犯行だという。




そういった身内犯人説が浮上していることで、メディア取材に一切応じなかった被害者の父親が5chで真犯人説が浮上してしまっているようだ。





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トトロに都市伝説が生まれた理由



狭山事件となりのトトロ真実  (2)


初め宮崎監督が、この作品を封切るときに言った言葉「この作品を見て、森に入ってく人が増えたらなあ」がすべて凝縮されている。




さつきとメイ、両方とも5月を暗示してるのは、5月の輝かしい新緑を暗示し、森が一番香る時期がこの時期。更にこの時期は蚊も少ないから、森の探索にはうってつけ。おまけに陽気もいいから、サツキとメイみたいに森を全力疾走しても熱中症にならない。



全ての視点から、森を一番好きになれる時期だから、主人公の愛らしさと元気さに重ね合わしただけ。



では、トトロは何か?



映画では、御神木のうろの中にトトロは住んでました。つまり、それが全ての暗示。神聖な場所に育った、霊験あらたかな聖木の生命力をさつきとメイの視点から具現化したもの。作品とした場合、さつきとメイの視点からじゃなく、観客は何をこの作品に求めるのかは、見た人の感性による。




ネコバスもある意味、都市伝説。
こじつけようと思ったらいくらでもできるし、それを否定することも簡単。森はそこまで素晴らしく生命力に溢れたパワースポットだからこそ、そういった見方(都市伝説的な)もできるという子供の感受性で、トトロといっぱい遊んで欲しいっていう宮崎監督の想いが、となりのトトロという作品に込められているのだろう。



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