尾崎豊 死の原因 (3)
4月3日放送、フジテレビ系土曜プレミアム・田中邦衛さん追悼特別番組「北の国から’87初恋」
21:00 〜 23:10




田中邦衛さん追悼特別番組「北の国から’87初恋」が今夜放送。
北海道・富良野の大自然に生きる不器用ながらも深い愛情を注ぐ父とその家族の物語。泥のついた一万円札を貰えないとトラックドライバーが純に返すシーンは、故郷を旅立つ純に対する五郎の愛情と、トラックドライバーの優しさ、そしてバックに流れる尾崎豊の「I love you」に日本中が感動の渦に巻き込んだシリーズ屈指の傑作。



今回は、予告で尾崎豊が話題になっているので、死の原因についてまとめてみた。





■目次

北の国から’87初恋あらすじ
尾崎豊と北の国から
尾崎豊の死の原因やフライデー問題

北の国から’87初恋あらすじ








中学3年の純(吉岡秀隆)のニックネームはペンチ。

電気製品に熱中して、手当たり次第に分解しては物議をかもしている。そんな純が、大きな農家の大里家の裏にある奇妙な風力発電の仕掛けを見にいくと、大里の娘れい(横山めぐみ)が現れる。美しい少女で純はボーッとしてしまう。二人はほのかに好意を寄せ合い、付き合うようになるが、れいが中学を卒業したら東京の高校へ行くと聞いて、純もその気になる。



だが父・五郎(田中邦衛)がなんと言うか気にかかる。
近頃、純と五郎はあまり語らなくなり、お互いのことが分からなくなっていた。五郎には言い出せず、ひそかに東京の叔母・雪子(竹下景子)に手紙を書く純。純が頼ったのは雪子や草太兄ちゃん(岩城滉一)だった。



何の相談もしてもらえなかった五郎は傷つき、純を問い詰めるが、そんな中、大里家で事件が起きてしまう…。北海道・富良野の大自然を舞台にした“小さな家族の、大きな愛の物語”。



公式サイト




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尾崎豊と北の国から




尾崎豊 死の原因 (1)

尾崎豊の「I love you」と言えば「北の国から'87初恋」が有名だが、なぜ北の国からに流れる尾崎豊の曲が採用されたかというと、当時の吉岡秀隆がリクエストし起用されたのがきっかけ。




東京に出る息子・純(吉岡秀隆)を長距離トラックのドライバーに託す五郎。
出発してしばらくすると無愛想なドライバーから「俺はこの金は受け取れない」と一万円札を2枚渡される。見てみるとその一万円札には、肉体労働をして稼いだであろうと思われる指の跡がしっかりついていた。





白く乾いていた泥のついた一万円札。
親の愛を知る場面で流れる尾崎豊の「I love you」に多くの日本国民は感動を呼んだ。



吉岡秀隆は当時、尾崎豊の大ファンで尾崎豊が亡くなる前コンサートに同行したり、尾崎豊から歌を習い可愛いがられていたそうだ。尾崎自身から「オレのことを兄と思ってくれていいよ」と言われてたそうなので、兄として慕っていたのだろう。





尾崎豊はデビューまもないころから10代に人気があったが、20歳になるころには方向性に悩み、無期限活動休止をしたり、覚醒剤取締法違反で逮捕されたり、人間関係にも悩み始めた。




尾崎豊は20歳前後から一時期スランプ状態になっていたというが、プライベートでは、22歳のときに繁美さんと結婚し子供(裕哉)もできた。子供も生まれたことがきっかけなのか、プライベートの充実もあってか「愛」についての歌が多くなっていた。





しかし、1992年に突然の訃報。
尾崎豊の死の原因は、覚せい剤の過剰摂取による肺水腫であると公表されたが、ただその死について不可思議な点も多く、ネットでは死の原因にまつわるさまざまな説も出回っている。






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尾崎豊の死の原因やフライデー問題




尾崎豊の死の原因は事件後薬物中毒に依るショック死、心臓麻痺と発表された。
薬物「麻薬の多くの種類を摂取」の常用と飲酒の過剰摂取などが原因で、精神的異常をきたし、見知らぬ場所「本人も知っていたのかも不明な場所」で上半身裸状態で倒れていたというもの。


この不可解な事件後、出版された尾崎豊の死の真相の全てが書かれてる本 『血の叫び』という書籍が出版。その内容は事件の真相が全て解明されてると言ってもいいくらい、大変詳しく鮮明に記載されている。



ちなみに「血の叫び」は電子書籍で、出版は2013年。
こちらは著者の想像だけで書いてあるのではなく、全て関係者らの証言で構成されており実際にあった出来事を時系列に詳しくまとめてある。著者の想像部分はその中に所々混ざるが、事実の部分と著者の想像の部分は「誤解され易い尾崎の性質を利用した犯罪」だという。




ネットでは、他殺だったのか?自殺だったのか?と意見が分かれているが、『血の叫び』には、尾崎の死の前に〇害計画をしていた人達がいた事も、それが誰なのかも、それらの人達が疑惑濃厚&満載の言動など、尾崎豊の死の前も後もしている事なども全ての事が書いてある。



管理人もこのジャーナリストが書いた「血の叫び」という本を読んでみたが、 尾崎豊が死ぬキッカケとなった飲み会に参加した人達に取材しまくっている。




内容を簡単にまとめると、尾崎豊は死ぬ数時間前、高校時代の友達に誘われ、飲み会をしていた。同窓会のようなものなので、そりゃあもう酒を飲みまくったそうだ。


その飲み会で何があったのか?


その飲み会の帰りに、なぜ尾崎豊は倒れたのか?






ちなみに尾崎豊は覚醒剤を日常的に常用していたわけではなかった。

この飲み会の数日前に、「縁を切っていたはずの高校時代の友達」と数年ぶりに再会。 その高校時代の友達は、覚醒剤で逮捕歴のある創価学会の男。 そこで尾崎豊は覚醒剤を受け取ってしまったのかも知れない。 上で紹介したジャーナリストが書いた本では、その男にも取材している。




この本によると尾崎豊の死の原因は、元夫人であり、尾崎は夫人と夫人の仲間に計画的に〇されたとの事。しかし、警察は事故死扱いで捜査は終了していること、裁判でも著者側が名誉棄損で敗訴終了となった。





尾崎の死は、彼の音楽性などからもたくさんの議論をよんだ。


死の直後も紆余曲折あり、結果的に警察は「自殺」「他殺」とも発表していない。
尾崎豊 死の原因 (2)


警察は当初事件性がないので、行政解剖にまわそうとしましたが、 千住署、警視庁、検察庁が発見当夜に協議した結果、全身にすり傷があり右目の上にコブもあることから、司法解剖に切り替えられ、東京監察医務院の医師らによって検視、その後解剖が行われている。



その結果、死因は肺に水がたまる肺水腫であると発表され、極度の飲酒によるものだと考えられたが、2年後にマスコミに「死体検案書」なるものが流出し、そこには覚せい剤検出に言及する表現があったことから、 当初報じられた司法解剖の結果に疑いがもたれた。その後、フライデーが尾崎の遺体を掲載したことも一気に他殺説に火をつき、ファンの間のみならず今でも有名な写真が出回った。



ただ、 司法解剖医による見解検死を担当した支倉逸人氏は著書内で、他殺説に否定的な意見を述べている。





そうなると自殺説。
ジャーナリストの加賀孝英氏は、1994年にすでに尾崎の遺書の存在を知っており、尾崎の元夫人から「子供が大きくなるまで公表を控えてほしい」とあったため、長らく公にはなっていないが、2011年に文藝春秋に全文が掲載され話題となった。

尾崎豊 死の原因 (4)


元夫人による殺人依頼説は、いまだにファンの間でも信じている人はいる。 それはファンの多くが夫人について快く思っていないのもあるが、公には夫人の関与は否定している。





どういう経緯があったにせよ、あの日、泥酔の尾崎豊の体内に覚醒剤が入ってしまったなら、そりゃどうなるのかは誰でも想像がつくので、他殺説も浮上するのは仕方がないのかもしれない。







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