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6月15日放送、TBS系列「ワールド極限ミステリー」


孤島に取り残された美しい1人の女を若き男たち32人が奪い合うアナタハンの女王事件の真相を特集。



映画「東京島」のモデルになった「アナタハン事件」は、比嘉和子を32人の男たちが取り合った被害者なのに、女性の実名と顔写真はデカデカと報道され、男性達は遠方から後ろ姿を映した写真も加え、数枚の写真が残っている以外は、ほぼ全員の名前が伏せられている。



wikiにも当時の情報のまま、「農園技師」とか「A男」「B男」と、男性側の名誉を守る為に名前を伏せられ、同じ境遇で過ごした比嘉和子は、「悪女」扱いされて、罪人の様に名前を公表され、さらしものにされた。



本当に、アナタハンの女王事件は比嘉和子が原因なのか?



今回は、アナタハンの女王事件の比嘉和子のその後と現在について、5ch情報をまとめてみた。



■目次

アナタハンの女王事件とは
アナタハンの女王事件の比嘉和子は悪女?
アナタハンの女王事件・比嘉和子のその後や現在


アナタハンの女王事件とは



比嘉和子アナタハンの女王事件 (2)



アナタハンの女王事件とは、1945年から1950年にかけて太平洋マリアナ諸島に位置するアナタハン島で発生し、多くの謎を残した複数の男性の怪死事件。



サイパン島の北方約117キロに位置するアナタハン島に、第二次世界大戦末期、南洋興発社員の妻である「比嘉和子」と、同社員の男性上司の菊一郎(ともに沖縄出身)、爆撃を受け沈没した徴用船3隻の船員(軍属)と乗り組みの海軍兵士、島に居合わせた陸軍兵士ら男31人(日本人で多くが10~20代の若者)が合流し、島に派遣され南洋興発からの物資を受けつつ、昔からの島の住人と自給自足に近い共同生活を送っていた。



1944年6月、菊一郎と和子はそれぞれ妻子と夫が出張で島を離れており、状況判断から2人は「夫婦」として男たちから離れて同居。31人の男たちも船ごとにそれぞれ集団を作って暮らしていた。


そのうち全員が1人の女性を巡って争うようになり、1945年8月の終戦までに複数の行方不明者が出た。



参照wiki





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アナタハンの女王事件の比嘉和子は悪女?



比嘉和子アナタハンの女王事件 (4)


桐野夏生の著書「東京島」の元ネタになったアナタハンの女王事件は、「女性が一人」という状況であるからこそ起こった事件で、男性が一人という状況だったら殺人事件には発展しなかった。



現在でも痴情のもつれなどから殺人に発展することはあり、対象が「恋人」や「夫」でなければ、現実の事件のようにはならなかったと考えている。




1人の女、比嘉和子と32人の男達が共同生活していくうちに、男性達がその女性を巡って争うようになり、男性が次々に行方不明になったり殺害されていく。




1945年7月、高波にさらわれた1人が行方不明(生存者数男31人、女1人)


1946年2月、兵助丸船長が病死(男30人、女1人)
8月、B-29の残骸を発見。皆で墜落現場へ行き、パラシュートやガソリンタンクなどを回収。その際、機体のジュラルミンからナイフを作った者がいた。また、海軍軍人の2人が、B29の残骸の中から壊れたピストル3挺と実弾70発を拾い、2挺のピストルを組み立てた。

海軍2人組の内の1人と仲の悪かった男が変死。目撃者はいなかった(男29人、女1人)


1947年秋ごろ、海軍2人組が仲間割れ(男28人、女1人)
その3ヵ月後、海軍の残りが行方不明(男27人、女1人)
半年後、比嘉和子の夫だった農園技師が死亡(男26人、女1人)


1949年2月頃、海鳳丸水夫長が崖から転落死、続いて曙丸水夫長が食中毒で死亡、コックが行方不明(男23人、女1人)


1950年6月、米国船が救出のため島に入港。
男達は米軍の策略として山中に隠れるが、比嘉和子は脱出。一人が病死(男21人)。

1951年6月30日、終戦を現実のものと受けいれた残った19人が米軍船に乗り込んで脱出。2名不明。

参照wiki


結局、31人の男たちが物資と比嘉和子の奪い合いで殺しあったのだが、比嘉和子は自身を身を守るためにも、男たちと関係を持ってしまった。




これが映画化がされ「アナタハンの女王」が大ヒット。
比嘉和子自身が映画出演し、「アナタハンブーム」となり、比嘉和子のブロマイドがバカ売れしている。


当時の比嘉和子のブロマイド
比嘉和子アナタハンの女王事件 (1)


しかし、大ヒットと同時にマスコミなどから「悪女」と叩かれ、比嘉和子はメディアから消え、ストリッパーに転身したりと、紆余曲折の人生を歩んでいる。




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アナタハンの女王事件・比嘉和子のその後や現在




比嘉和子アナタハンの女王事件 (3)



アナタハンの女王事件・比嘉和子は、「アナタハンブーム」が去った後、沖縄に移住し、現地で知り合った2人の連れ子がいる男性と再婚している(当時34歳)。




平凡で幸せな家庭をようやく手に入れたのだが、比嘉和子が45歳の時に夫と死別。その後、比嘉和子も脳腫瘍で倒れ、1974年の49歳の時に夫を後を追うようにこの世を去っている。



5ch情報では、比嘉和子の連れ子たちは現在も沖縄に住んでいるようだが、詳細は不明。



ちなみに木村多江が主演でアナタハンの女王事件の元ネタとなった映画「東京島」も同じような壮絶なストーリーとなっている。



主役の「ワタナベ」は最後、通りかかった船に救助され、暫くは良かっその船は違法な船だったので、結局別の船に乗ることに。日本に戻った清子(木村多江)らは救助の通報はせず、マスコミからの追求などから逃れるため一旦、中国で嘘の国籍を作り、「中国から日本に戻った」ということにして混乱を避けた。



なので、映画では帰国の様子などは描かれず、その後の様子は「最後の子供たち」2人の語りで知ることが出来る。


原作は人間模様が何とも表現しにくい桐野夏生らしい独特な作品になってしまっている
が、実際の比嘉和子の人生は壮絶すぎて誰にも想像ができないのかもしれない。




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