男闘呼組 不祥事の解散理由 (3)


7月22日放送、TBS系列「中居正広の金スマ」




30年ぶりの期間限定復活した男闘呼組との知られざる秘話を中居が語る。


ジャニーズ退社後に再結成は、非常に異例なこと。
男闘呼組は高橋和也がメリー喜多川に嫌われて解雇されたので、メリーがなくなったことが再結成しやすくなったのかもしれない。


SMAPは飯島美智女史と現社長のジュリーが後継社長を争ったので、再結成は難しいが、中立の立場である中居や木村拓哉のような事務所残留組がいる限り、可能性はゼロではない。



今回は、男闘呼組の不祥事で解散理由となった原因について、5ch情報をまとめてみた。




■目次

男闘呼組の復活
男闘呼組の不祥事
男闘呼組の解散理由

男闘呼組の復活


男闘呼組 不祥事の解散理由 (2)


記事内容

1988年にデビューし、93年に活動休止した元ジャニーズの4人組バンド「男闘呼組」(成田昭次=53・高橋和也=53・岡本健一=53・前田耕陽=53)が、「音楽の日2022」(TBS系、16日放送)で29年ぶりに再始動した。来年8月までの期間限定で活動するという。



番組では「TIME ZONE」「DAYBREAK」など往年のヒット曲を披露。ブランクを感じさせないパワフルなステージに、ツイッターでは「めちゃくちゃカッコいい」「イケオジすぎる」「渋い。みんないい年の取り方をしている」などと大反響となり、出演後は、「男闘呼組」がトレンドワード入りした。  



男闘呼組は、人気絶頂だった93年、メンバーの高橋和也(当時一也)がジャニーズ事務所を突如解雇されたことで活動休止。当時、「薬物疑惑」や「素行不良」が取り沙汰されたが、本人は完全否定。  




その後、2009年には、ソロ活動をしていた成田昭次が大麻取締法違反容疑で逮捕されたこともあり、ファンの間でも、再結成は絶望的とみられていた。別々の活動をしていた4人だったが、19年夏に久々に集結したことが今回の再結成につながっているという。



放送作家でコラムニストの山田美保子氏はこう話す。 「すでに事務所もバラバラで、絶対に再結成はないと思っていたグループの突然の再結成はまさにサプライズでした。岡本さんや高橋さんは、俳優として現在も活躍中ですが、成田さんを見たのは本当に久しぶり。しかし年齢を重ねた彼らが演奏している姿は、懐かしいというより、本当にカッコよかった」




日刊ゲンダイ




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男闘呼組の不祥事



男闘呼組 不祥事の解散理由 (1)



ジャニーズ喜多川は当時のバンドブームに乗り,1988年男闘呼組をデビューさせ、 翌年1989年にTOKIOをデビューさせた。



最近、前田耕陽&大沢樹生が「諸星なんて男闘呼組に憧れてた」という話をしていたり、木村拓哉はFlowで岡本健一と共演した際、岡本健一への憧れや真似をしていたようなニュアンスで話をしていたほど、ジャニーズで憧れる存在だった。



男闘呼組がデビューした時代は、ジャニーズというだけで見下げられていた。

世間はバンドブームで、男闘呼組は「ジャニーズだから」評価されなかった。当時のジャニーズ事務所の雰囲気を考えれば、デビュー自体が異端。ワンマンバンドなのに(音楽的には)岡本健一、高橋和也は男闘呼組でありながら、蜷川演出の芝居にダブル主演。事務所と蜷川の縁もこのころから。



岡本健一の「自由さ」に憧れる後輩は多く、行き詰った人間は必ず、対談とかかかわりを持って気持ちを立て直していたという。



バンドという点では、TOKIOの方が上だが、やってる音楽的要素やメーンバーのキャラなどを考えるとKAT-TUNに近い。人気と言う点では、今のジャニーズはグループ数が多過ぎるので比較対照し難いが、 総合的に見てKAT-TUNとよく似ている。



そんな男闘呼組の最大の不祥事は、薬物所持。



成田昭次が2009年9月27日に逮捕されている。
この時、CM撮影するために渡米。その帰国後に、逮捕されている。


そして、有名な不祥事は「夜のヒットスタジオ事件」。

男闘呼組として出演した成田昭次が、番組内で接触事故を起こしたことを謝罪した。


この番組は当時、生放送だったので、接触事故を起こして怪我をさせてしまった相手の女性の方が番組中に電話で『大丈夫です。(お仕事)頑張ってください。』と電話でコメントをした。



それに感極まったのか、スタジオで泣きながら歌って、視聴者は騒然となった。

事故を起こした成田も悪いが、事故を起こした翌日に、生放送に出演させたことに、事務所への批判的な意見が多かった。そのため、この夜ヒット事件後しばらく活動自粛という形をとっている。


男闘呼組 不祥事の解散理由



こういった不祥事があったためか、メリー喜多川に「面倒な集団」という印象がついてしまったのかもしれない。








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男闘呼組の解散理由




男闘呼組は、1993年6月30日に人気絶頂で解散した。


コンサートで突然発表された男闘呼組の解散理由について、「メンバーとの方向性の違い」と表向きはコメントされているが、5chでは「男闘呼組」メンバー高橋の振る舞いがメリー喜多川の逆鱗に触れ、事務所を解雇されたという噂があった。



男闘呼組は、デビュー前から人気があった。

デビュー前はアイドル色が濃く、デビューと同時にアイドルを払拭し、ロック色が強くなったが、人気はあった。曲も力強くなり、ファッションや態度までも変わって、「威圧感のある感じ」になっていった。






そういった普段からの振る舞いが原因なのか、事務所に対して反抗的になってく彼らに、メリー喜多川が不満を抱いていたらしい。





男闘呼組のwikiには、「以前から高橋による反抗的な行いが続いており、事務所の副社長であり実質的な経営権を握るメリー喜多川が激怒した」ことを書かれているので、怒らしたのは事実。


なぜ、怒らせたのか?というと、5chで言われているのは、男闘呼組メンバー高橋が合宿所で寝ている時に、ジャニー社長が寝床にモゾモゾ入ってきて体を求めてきたらしい。 その瞬間に、ジャニー社長をおもいっきり膝でガツンと蹴っ飛ばし、ジャニー社長はうずくまってしまった。


ジャニー社長のケガをを知ったメリー喜多川が大激怒で、即刻クビ宣告。


ちょうど事務所と契約更新時期でもあったことで、高橋はそのままジャニーズ事務所を解雇。高橋を失うことで男闘呼組を続けることが難しくなったことで解散。 1993年のライブ終了後に突然の解散発表となった。



この男闘呼組の解散理由は、5chで昔から言われているが、情報元がわかっていない。

また、当時の写真週刊誌では「高橋のドラッグ使用疑惑」にも触れられており、それが理由で解雇となったとも言われている。



いずれにしても、男闘呼組の解散理由は高橋が関与していることは間違いないだろう。







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