横山やすし最後の死因ダウンタウン (3)


9月6日放送、日本テレビ系「仰天ニュース」





天才漫才師と呼ばれた横山やすしの規格外の人生を再現ドラマ化。

横山やすしが亡くなったのは51歳、かなり重度のアルコール中毒だった。所属事務所だった吉本興業を解雇されて、相方の西川きよしとコンビ解消を余儀なくされたのも、酒に酔った時に暴力をふるう事件をたびたび起こしたのが原因といわれている。泥酔状態でテレビに出演したことも何度かあったので、吉本の故・林正之助会長から見放した時から芸能活動が一切活動できなくなってしまう。





そんな横山やすしとダウンタウンにいったい何があったのか?




今回は、横山やすしとダウンタウンの確執、息子の事件について、5ch情報をまとめてみた。


■目次

横山やすしとは
横山やすし伝説や死因
横山やすしダウンタウン息子の事件とは

横山やすしとは


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横山やすしは、かつて吉本興業大阪本社に所属していた漫才師、本名は木村 雄二。


高知県で生まれ、大阪府で育った西川きよしとのコンビでの漫才は、漫才ブームの到来と共に記録的な人気を博し「やすきよ漫才」として20世紀を代表する天才漫才師と呼ばれるまでになった。


初妻(のちに離婚)との間に俳優の木村一八(長男)と長女をもうけた。再婚した妻とはやすしの事務所契約解除等を挟み、逝去まで連れ添った。エステティシャンで漫才師さゆみ・ひかりの木村ひかり(次女)は、後妻との子である。



参照wiki



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横山やすし伝説や死因




芸人としての横山やすしは、多くの伝説を残している。

小林信彦著「天才伝説横山やすし」にその人生を詳しく書かれているが、70年代にテンポの良いしゃべくり漫才と駄洒落尽くし、漫才という大変完成度の高いスタイルでかなりの人気を得ていた。



横山やすし本人は、「やすし・きよし」とライバル関係と言われていた「Wヤング」には勝てないと思っていたとのこと。



しかし、Wヤングの中田治雄は、多額の借金があったために自ら命を絶ってしまう。

これは80年代の漫才ブームが到来する直前であり、もう少しでも我慢していれば、このブームに乗って借金の返済は可能だった。この出来事があったため、当時の漫才の代表になる予定だった彼らから横山やすし・西川きよしに代わり、先頭に立って漫才ブームを引っ張ったことで、伝説の漫才師と言われるようになった。



80年に芸術祭優秀賞を受賞、漫才の頂点に立ち「漫才道」の求道者となった横山やすしではあるが、一方で不祥事が絶えず、自暴自棄の中で自滅していく人生を歩む。



毎日のように、ギャンブル癖、酒癖、女癖も破天荒。

余談だが漫才師になる前は競艇が好きだったので、選出の試験をうけているが、目が悪い為に落選した。そこに相方であるきよしに救われている。あのダウンタウンの浜田も、芸人になる前に競艇の試験をうけて、落選している。どっちも、助け船が最高の相方であったと言う事は間違いなく、伝説に値する存在だった。



お金に関しては、吉本の会長の林正之助氏が自分のクレジットカードを渡し「好きに使え」と言っていたくらい可愛がってもらっていたそうだ。



しかし、吉本解雇ですべての人間を失い、人生の最後は「アルコール性肝硬変」。
大量にアルコールを飲み、亡くなる前日までビールを多量に飲んでいたこと。前日に地元のスナックで口論になり、お店を叩き出され、ふらふらとぶつかりながら歩いたために頭の損傷も激しかったという。



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横山やすしダウンタウン息子の事件とは


横山やすし最後の死因ダウンタウン (2)


横山やすしが死後、息子の木村一八がダウンタウンを葬ろうと計画しているという物騒な記事が出た。




結論から言うと、それは週刊誌の飛ばし記事だったのだが、息子の木村一八がダウンタウン(特に松本人志)を憎んでいたということは確か。



横山やすしが全盛期だった80年代。
当時のダウンタウンは新人でまだ駆け出しだった頃なのに、先輩芸人の横山やすしに歯向かうような態度をしていたという。



横山やすしに限らず、ダウンタウンは新人の頃に当たりの強かった先輩に対して、「売れた後に先輩に対して反発してた」時期があったそうだ。


横山やすし最後の死因ダウンタウン (3)




横山やすしとダウンタウンの最初の出会いは、まだ新人の頃で漫才を見せた後「そんなもん漫才やないわ!チンピラの立ち話じゃ!」と横山やすしに怒鳴り散らかされたという事件があった。


横山やすし最後の死因ダウンタウン (1)



このエピソードは、松本人志の著作「遺書」に詳しく書かれているが、 松本人志は「あの時、横山やすしを殴っといたらよかったわ」と銘打って、横山やすしのトレードマークだったメガネを割るイラストまで描いて 「チンピラが立ち話してたから聞いてたら面白かった、それでいいではないか」と反論している。



この「遺書」は、ベストセラーになったこともあり、何より今みたいにSNSで芸能人が「発信」できる時代ではなかったので当時、相当な話題になった。



しかし、横山やすしは「売れた後のダウンタウン」に対しては、決して批判的でなく、実力も認めており、「松本紳助」で松ちゃんも「やっさん、最後のほうはえらい優しかった」と語っていたから、そんなに悪い関係でもなかったようだ。



それに、ダウンタウンの冠番組だったフジテレビ「ごっつええ感じ」をやっていた頃は、横山やすしは「不遇の時代」で、度重なる不祥事から吉本に見放され、肝臓を病み、身体はボロボロ。飛ぶ鳥を落とす勢いのダウンタウンと張り合う力は全くなかった。



なにせ横山やすしは吉本解雇された後、死ぬ2年ほど前に「やすしを囲む会」を開催したそうだが、そこに芸人は殆ど来ず、吉本が「出席したら解雇」と通達したほど。だからこそ「やすしくん」という、横山やすしを揶揄するコントもできた。



それにあの「やすしくん」コントは、横山やすし本人はむしろ面白がっていたそうで、好意的に観ていたそうなのだが、コントの中で息子や娘の名前を出された事には憤慨していたと、横山やすしの最後の弟子、横山ひとし氏の著作「師匠」に記載されている。




また「やすしくん」には本当の最終回が存在して、それは本物の横山やすしが登場して、松本演じるやすし師匠にキレるという内容で予定していた。しかし、横山やすしが亡くなってしまったこと、ビートたけしが「息子の木村一八がダウンタウンのコント見たくないって言ってた」と番組で語っていたことから、お蔵入りしてしまったそうだ。




つまり、横山やすしとダウンタウンの関係は悪いわけではないのだが、木村一八はダウンタウン(特に松本人志)に父親をネタにされたことが許せなかった。その情報を週刊誌が報じ、事件を起こすのでは?という憶測記事が出たことで、横山やすしとダウンタウンの関係は悪いという世間のイメージになってしまった。



余談だが、ビートたけしはやすしの葬式の際、やすしに昔さんざん迷惑をかけられた事を暴露している。まだそれほど売れてなくて収入も乏しかったたけしは、横山やすしのせいで5~6百万の借金を背負わされ、踏み倒されている。さらに遠方に連れて行かれた上に置き去りにされ(所持金500円)、夜通し歩いて帰宅したなど、横山やすしを恨んでいたという。だが、横山やすしの息子に、やすしの死後にも東スポの賞を与えたりもしているので、昔の話として水に流しているのだろう。








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