イラク日本人人質事件の自己責任バッシング (3)
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12月6日放送、日本テレビ系「仰天ニュース」





アントニオ猪木のイラク日本人人質事件について特集。
2004年にイラク日本人人質事件で、今井紀明さん含めた3人の人質解放のため、アントニオ猪木がイラクに渡航。しかし、この時すでに日本政府は、人質の解放の交渉をしており、人質解放は決まっていたという。


イラク日本人人質事件の自己責任バッシング


それでもアントニオ猪木は、渡航禁止にもかかわらず、単身イラクに乗り込んでいったことに、世間は批判的な意見が多かった。


その理由は、人質3人はイラクの隣の国からわざわざ入国したこと。今井紀明さんは「入国が禁止されていること」を知っていたのにも関わらず、自ら渡航禁止されたイラクに入国し、人質になってしまった。そもそもイラクに入った目的が違うので、自衛隊は人質救出のため動くことができず、一歩間違えれば自衛隊も被害にあっていたかもしれない。



今回は、イラク日本人人質事件で自己責任とバッシングされた真相について5chの反応をまとめてみた。





■目次

イラク日本人人質事件とは
イラク日本人人質事件の自己責任
イラク日本人人質事件でアントニオ猪木が渡航した意味

イラク日本人人質事件とは



イラク日本人人質事件の自己責任バッシング (4)


イラク日本人人質事件は、外務省によるイラクへの渡航自粛勧告を無視し2003年のイラク戦争以降にイラク武装勢力によりイラクに入国した日本人が誘拐され、人質として拘束された事件。


特に2004年4月に3名が誘拐され、自衛隊の撤退などを求められた後、イラク・イスラム聖職者協会の仲介などにより解放された事件と同年10月に1名が誘拐され、後に殺害された事件が活発に報道された。



イラク現地の武装勢力が、イラクに入国した外国籍のボランティア、NGO職員、民間企業社員、占領軍関係者などを誘拐する事件が頻発した。誘拐の要求の多くは、誘拐した外国人を人質に、彼らが本籍を置く政府に対して、自国の軍隊(日本では自衛隊)をイラクから引き上げることを要求するものであった。


参照wiki




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イラク日本人人質事件の自己責任




イラク日本人人質事件の自己責任バッシング (1)




イラク日本人人質事件の3名のうち、高遠菜穂子はボランティアを目的として入国。もう一人の渡辺修孝は元自衛隊員。最後の一人、フリーライターの今井紀明3人を救出する費用に「20億円はかかった」と報道された。





当時、この3人は日本政府が渡航を禁止しているにもかかわらず、隣国からイラクに入国。その上人質になった際に日本政府に助けを求めたのだが、本来は国が支払う予定ではなく「禁止されてるときに自分の考えで入国した」のだから、解放するための費用を支払うことはなく、助けるべきではなかったとバッシングを受けた。




この3人の一人である渡辺修孝がメディアの取材に対し「自己責任」だという批判に「なぜ自分がイラクで誘拐されたかを考えた人がどれほどいたのか。国の言う自己責任は責任転嫁でしかない」と反論し、余計に炎上する結果となった。




たしかに自己責任というのは、「自分に降り掛かる不利益は自分が引き受ける」しか無いわけで、そのことの自覚というか覚悟する時に使う言葉であって、他者を批判する時に使う言葉ではない。



もし他者への批判で「自己責任」という言葉を使うと全く意味が違う。

例えば「俺には関係が無い」と、自己弁護のために使う場合と、政府の自国民保護責任と事件・事故を切り離して、政権への批判を回避しようという政治目的がある。



つまり本人が自己責任という言葉を使う時は、責任を自分に引き寄せる意味で使われるのだが、他者に対して自己責任という言葉を使う場合は、責任を誰かに押し付ける意味で使われる。


なので、イラク日本人人質事件の場合、「自己責任」を問うのは、確かに違和感を感じる。 しかし、 身代金は安倍総理が、「イスラーム国との戦いの為に金を出す」と不用意なタイミングで言った事が原因。その意味では、「自己責任」を問われるべきは日本政府にある。



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イラク日本人人質事件でアントニオ猪木が渡航した意味


イラク日本人人質事件の自己責任バッシング




イラク日本人人質事件でアントニオ猪木がイラクに単身、イラク渡航した意味は、結果的に「行っても行かなくても人質は解放されていた」ことになる。




ただ、これは結果論。
なぜなら、当時のアントニオ猪木猪木は国会議員で「非自民の野党議員」でしかなく、それ以外は「1人の民間人」でしかないわけで、アントニオ猪木がいくらイラクと交渉しようとも、それが「日本政府の公式発言」ではない。イラクだろうが、北朝鮮の時も一緒で、アントニオが訪れて、人質解放の話になったとしても、相手国が乗るわけがない。




アントニオ猪木が北朝鮮問題でも残した功績はなく、政府と全く関係がない個人、非公式で行ったもの。「実は政府から依頼された特使」である必要があった。そうでないと、アントニオ猪木を「外交の窓口」として扱うことすらない。




これについては、アントニオ猪木は当時、安倍総理に対して「俺を使え」と直に言ったにもかかわらず、安倍総理(当時は幹事長)がそれを拒否したという。外務省にも北朝鮮ルートがないわけじゃないが、猪木ほどの人脈はなかったのは事実で、猪木の知名度、人脈を有効活用できていれば、ミサイル問題ともかく拉致問題に関しては解決(もしくは前進)した可能性はあった。


実際、北朝鮮のトップ10に入る大物官僚たちと1対1で長時間対話し、会食できるのはアントニオ猪木しかいない。



もちろん、安倍総理も活躍しなかったわけじゃない。
2002年の7人の拉致被害者帰国時に、最も活躍したのは安倍総理。それ以前から拉致家族会ともコンタクトをとり、自身のライフワークにもしていたこともあって、自分の意思と違い、自民党員でもないアントニオ猪木に手柄を横取りされたくなかったという意識はどこかにあったのかもしれない。





まとめると、イラク日本人人質事件の問題は関係なかったのかもしれないが、北朝鮮の問題はアントニオ猪木がいれば解決出来たかもしれない。




猪木のような人脈が豊富な人を使って、独自外交を展開するということができていれば、現在の北朝鮮問題はまったく違っていたことは間違いないだろう。





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