尾崎豊 死の原因画像


1月5日放送、テレビ朝日「ニンチド調査ショー」2時間SP





予告で尾崎豊の映像が放送され、5chで話題になっている。
尾崎豊のような若者に絶大なカリスマ性を持った歌手は、現在もなお存在せず、いつまでもビッグでカリスマ性があるように思われるのは若くして亡くなったことで伝説となった。




晩年は覚醒剤で逮捕、釈放後の最後となったテレビ出演が日本テレビ「夜のヒットスタジオ」で、復帰一弾シングル「太陽の破片」を披露し、番組自体が終了するという時に、その司会者の古舘伊知郎が夜のヒットスタジオで「一番心に残ったゲストは誰?」という問いに尾崎豊の名を挙げていたほど強烈な存在感があった。



亡くなった後にでた最後のアルバム「放熱への証」はミリオンセラーになり、CDショップでは売り切れ続出、予約したのに手に入らない人が続出したほど。



影響力という意味では、今の歌手の想像以上にあり、こういう歌手は今後出て来ることはない。




今回は、5chで噂になっている尾崎豊の死の原因について、概要についてまとめてみた。



■目次

尾崎豊の遺書
尾崎豊 死の原因
尾崎豊の死因と斉藤由貴の関係

尾崎豊の遺書


尾崎豊 死の原因画像 (4)





記事内容



1992年(平4)に亡くなった歌手尾崎豊さん(享年26)が残していた2通の「遺書」が、明日10日発売の月刊文芸春秋に全文掲載された。



尾崎さんの死については、没後2年の94年に他殺説が浮上。自殺説と真っ向から衝突し、裁判にまで発展するなど社会的に大きな関心事となった。「尾崎豊の遺書『さようなら  私は夢見ます』」を執筆したジャーナリストの加賀孝英氏は94年当時に入手していた「遺書」と、尾崎さんと繁美夫人との間のやり取りを、没後20年を前に明かした。  



「遺書」は、92年4月25日、死の間際まで持ち歩いたセカンドバッグに入れてあったという。それには、意識し続け、現実のものとして受け止めた「死」に向かう覚悟がしたためられていた。  



先立つ不幸をお許し下さい。  
先日からずっと死にたいと思っていました。 死ぬ前に誰かに何故死を選んだのか話そうと思ったのですが、そんなことが出来るくらいなら死を選んだりしません。  (中略)  



さようなら  私は夢見ます。  
死の1カ月後、もう1通の遺書が見つかっていた。尾崎さんの母絹枝さんの遺影の脇に置かれていた。繁美夫人と1人息子裕哉さんへの愛情を示し、惜別とも取れる言葉が記されていた。  



私はただあなたを愛する名の神でありつづける。  


尾崎さんの遺体から致死量の2・64倍の覚せい剤が検出され、それが「他殺説」の根拠とされたが、加賀氏は同誌で反論。当時の尾崎さんは胃腸も機能しない極限状態で、覚せい剤を体内に吸収できない状況だったことも、医師への取材でも検証したとし、「自殺」と断言した。  




日刊スポーツ





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尾崎豊 死の原因




尾崎豊 死の原因画像 (3)





尾崎豊の死の真相の全てが書かれてるという著書「血の叫び」。

事件の真相が全て解明されてると言ってもいいくらい当時の尾崎豊の詳しい内容、真実の詳細な記録、捜査 (警察の捜査はもういらないくらいの内容)がされている。





尾崎豊の死の原因は、公式には大量の覚醒剤服用(オーバードース、薬の多量摂取)による急性メタンフェタミン中毒が引き起こした肺水腫と結論付けられているので、あくまで事故死と処理されていた。 ただしその背景については不可解な点も多く、現在でもネットで検証や憶測が語られていた。




特に覚醒剤偽装殺人疑惑の詳しい内容を書いた「血の叫び」を読んだら、尾崎の死の前に殺害計画をしていた人達がいた事も、それが誰なのか、それらの人達が疑惑濃厚&満載の言動を、尾崎豊の死の前後、詳しい行動なども全ての事が書いてある。




こちら「血の叫び」は著者の想像だけで書いてあるのではなく、全て関係者らの証言で構成されており、実際にあった出来事を時系列に詳しくまとめてあった。著者の想像部分はかなりあったが、事実の部分と著者の想像の部分は、読む側でも詳しく理解できた。



しかし、この「血の叫び」は尾崎豊の嫁から訴訟受けて敗訴。

裁判でも「想像が飛躍しすぎてる。」と敗訴したので、真実だったとは言えない。



一方、根強いのは、自殺説。

ジャーナリストの 加賀孝英氏は1994年にすでに尾崎の遺書の存在を知っており、尾崎豊の嫁の繁美さんから「子供が大きくなるまで公表を控えてほしい」とあったため、長らく公にはしなかったが、2011年に文藝春秋に全文が掲載され話題となった。




5chでは「血の叫び」のように繁美さんによる殺人依頼説は、いまだに信じている人はいる。尾崎豊は離婚調停までしておいて、なぜか離婚を踏みとどまっているし、その際に双方の親も介入していたり、夫婦関係も順風満帆とはいえなかった。



それを知っているファンの多くが夫人について快く思っていないので、尾崎豊の死の原因として、他殺説が出回っているのかもしれない。(不倫していた疑惑や莫大な遺産を相続したため)





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尾崎豊の死因と斉藤由貴の関係



尾崎豊 死の原因画像 (1)




尾崎豊と嫁の繁美さんは不仲だったか、第三者にはわからないが、女優の斉藤由貴とは対談がきかっけで付き合っていた。





当時、絶大な人気があった斉藤由貴と不倫関係にありながら、嫁の繁美さんとは離婚調停までしたのに離婚を踏みとどまる。過去に覚醒剤による逮捕歴があったが、慢性的に服用していたわけではなく、何故か突然に大量に服用した。この事から、故意に致死量の覚醒剤を服用した自〇ではないか?という見解がある。




ただ、早朝に民家の軒先で全裸に傷だらけで発見された点、週刊誌に全身にアザだらけの写真が掲載された事などから、「何者かに暴行を受け無理やり覚醒剤を飲まされた殺人」という「血の叫び」のような憶測が出回る。

尾崎豊 死の原因画像 (2)


しかし、文藝春秋2011年12月号によると、尾崎豊は白鬚病院に救急搬送され、当時の医師は「脈も体温も正常です」との事で退院後自宅で急変し亡くなったそうだ。




死体検案書を書いた教授のコメントでも「誰かに殴られた痕跡」などは皆無であり、全身にある擦過傷は明らかに自分で転んだりぶつけたりしてできた傷。くも膜下出血の部位も違い(尾崎他殺説では左目上だが)実際は天頂部でしかも致命傷では全くないという。




外傷性くも膜下出血は、主要所見欄には記入されているだけで死因の欄には記載されていない。



当時の尾崎豊の体は覚醒剤の影響で臓器は機能を失い、いつ何がきっかけでなくなってもおかしくない状態だったそうなので、致死量の2.64倍の覚醒剤は2時間で胃の中で吸収されるはずなのに尾崎豊の身体に異変が生じて亡くなる九時間後でも検出されていたという。



そして、尾崎豊の遺書によると、嫁の繁美さんと心中を計ろうとしていたようだ。



なので、家族の方に非は一切ない。

それどころか薬でボロボロの尾崎豊の薬を買いに行かない様にオレンジジュースに睡眠薬を入れて眠らせるなど、何とか尾崎豊から薬を断ち切らせる為に嫁の繁美さんも大変苦労したそうだ。




なぜ、嫁の繁美さんがバッシングを受けたのか?というと、嫁の繁美さんと尾崎豊の父親は、亡くなった後の遺産問題などで争っていた。


ここからは5chの憶測だが、尾崎家の親族が嫁の繁美さんを快く思っていなかったのかもしれない。なので、嫁の繁美さんだけ悪評が出回っている。


真実かは謎だが、尾崎豊の死の原因を嫁の繁美さんのせいにするのは、あれだけの影響力を持ち、歌詞で訴えていた尾崎豊が自〇をしたら起きてしまった悲劇かもしれない。





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