ソフィー呪いをかけられた理由や正体 ハウルの動く城 (2)


1月6日放送、日本テレビ系「ハウルの動く城」



世界を感動の渦に巻き込んだ超大作「ハウルの動く城」が今夜放送。


主人公のソフィーは、魔法でお婆さんになったにも関わらず、意外にすんなりそれを受け入れ、自身にかけられた呪いを解く旅に出るのだが、この映画がアメリカで公開された際、ニューヨークタイムズは「何を伝えたいかわからない。そもそも何か伝える意志さえ感じない」と酷評された。



確かに反戦映画でもないし、エンターテイメントとしても大変中途半端。ソフィーは老婆になったり若返ったりを作中に何度か行われているが、老いについて何かメッセージがあるとも感じなかった。ハウルという主人公はモラトリアムにハマっているだけで、自分の大いなる力を発揮しようとせず、非常に中途半端なキャラクターなのが作品の評価が低い要因になっている。




宮崎監督は、どんな思いを込めて「ハウルの動く城」を作ったのか、時間が経過した現在もなお、いまだに答えが見つかってはいない。





今回は、「ハウルの動く城」で一番の謎となっているソフィーが呪いをかけられた理由について、5ch情報をまとめてみた。






■目次

ハウルの動く城とは
ソフィー 呪いをかけられた理由
ハウルの動く城 マルクルの正体

ハウルの動く城とは


ソフィー呪いをかけられた理由や正体 ハウルの動く城 (1)



『ハウルの動く城』は、スタジオジブリ制作の日本の長編アニメーション映画。
監督は宮崎駿。東宝系で2004年11月20日に公開された。 イギリスの作家ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジー小説『魔法使いハウルと火の悪魔』(原題:Howl's Moving Castle)を原作とし、呪いで老婆にされた少女ソフィーと魔法使いハウルの奇妙な共同生活が、宮崎監督により「戦火の恋」を柱として脚色され描かれている。




物語前半は比較的原作に準じているが、後半は原作には無かった戦争が付け加えられるなど全く違った展開になっている。原作者のジョーンズは「ハウルの性格を変えないように」とだけ注文をつけ、映画の感想を「とても素晴らしかった」「宮崎は私が執筆したときと同じ精神で映画を作った」と語っている。



スタジオジブリの宮崎駿監督の長編映画としては『魔女の宅急便』以来、15年振りとなる他者原作の作品となった。また、ヒロイン役を演じた声優が主題歌の歌唱を兼任したのは『紅の豚』でヒロインの1人であるジーナ役を担当した加藤登紀子以来である。




参照wiki





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ソフィー 呪いをかけられた理由






ハウルの動く城は、登場人物こそ同じだが原作とは全く違う展開になっている。
荒地の魔女がソフィーに呪いをかけた理由について、ハウルの動く城の作中に説明がないため、視聴者が勝手に色んな解釈がされている。



5chでの考察スレによると、「ハウルとソフィーが一緒に歩いていたところを魔女が見たから」という説が一番多い。





荒れ地の魔女は、ハウルの心臓(心)が欲しいので、ハウルが若くて可愛いソフィーに、心を奪われるのが許せなかった。なので「ソフィーの姿を醜く老いさせたら、ハウルの心を奪われない」という考えで、ソフィーに呪いを掛けたという説。




時々ソフィーが若返るのは、ソフィー自身も魔力を持っていて、精神状態によってはその呪いを打ち消すことが出来たのかもしれない。(原作ではソフィーも魔法が使えたから。ただ、ソフィーの魔法は命を吹き込む魔法なので、解呪は無理)



ソフィーの呪いは、「精神状態が肉体に反映される魔法」だとしたら、興奮したりリラックスしていたら若く、落ち込んだり自信が無いときには老ける、という描写が成立する。(なので、寝ている時はリラックスなので若い)



ソフィーの呪いは、「ハウルと接触したことでの呪い」だとしたら、ソフィーの心が軸になっているという解釈で正しいのかもしれない。




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ハウルの動く城 マルクルの正体



ソフィー呪いをかけられた理由や正体 ハウルの動く城 (3)



ハウルの動く城で登場するキャラクター「マルクル」の正体についても5chで考察されている。



原作では、マルクルはハウルの弟子であり、サリマン先生で言うところのハウルのような存在。映画ではあまり登場シーンがないが、原作ではマイケルという名前で、年齢設定は15歳前後。ハウルがマイケルに課題を出して、魔法を指導しているシーンが出てくる。



どうやってハウルと知り合い、一緒に住むようになったのか?については、映画では描かれていないが、原作のマイケルはポートヘイブンという港町の生まれで、幼い頃に母親を亡くし、唯一の家族である父親も、海で亡くしてしまった。




親戚はマイケルを引きとることを拒否。
マイケルは自分の居場所が無くなってしまい、空き家の玄関扉に寄りかかって蹲っていたところ、その空き家がハウルの城と繋がり、「ハウルが玄関を開けた拍子に城の中に転がり込んでしまった」という設定になっている。



何年か一緒に生活するうちに、自然とハウルの弟子になったので、マルクルの正体は身寄りがいない孤児。恐らく、映画のマルクルにも似たような設定があるのかもしれない。





ちなみに、ソフィーがハウルの過去に行った時に「未来で待ってて」と告げたシーン。ハウルは大人になってもずっとソフィーのことが忘れられず、ようやく映画の序盤でソフィーを「見つけた」というセリフととつながっている。




「やっと見つけた」と言いながら、ハウルの指輪は光っている。

戦争が始まった理由は、映画で説明がされていないが、ハウルのいた世界線だと、大臣が魔法使い(サリマン)なので弟子のハウルを招集したかったが、ハウルは戦争に加担する気はなかった。しかし「ソフィー自身も気づいていない」ことで、ソフィーは生命を吹き込む魔法が使えた。




ハウルは、ソフィーの魔法の存在に気付いており、どんどんソフィーに惹かれていく。
ハウルの動く城で引越しした後に「ようやく守らなければならないものができたんだ」というセリフは、ソフィーのことを守ろうとした結果、ソフィーのことをカルシファーが守っている城の中に閉じ込めて自分が魔王になることも顧みずに戦争に参加することになった。




原作では、戦争のシーンがなく、最後に荒地の魔女を倒している。それなので、呪いは最後まで解かれていない。なので、ソフィーの呪いは「自己否定感を現しており、否定的な考えから解放された」という解釈がされている。



宮崎監督が伝えたかったことも同じだとしたら、「頭で考えることではなく、心で感じること」でその視聴者一人ひとりが感じたことが答えになっていて、明確なものはないのかもしれない。







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